23.「人生ゲーム」と「禅の話」と「子供の心」

昨年、ブログに書いてちょっと気に入っている文章がありますので、今回はそれを 紹介させて頂きます。 =========================================================  「人生ゲーム」と「禅の話」と「子供の心」 ========================================================= 子供の頃、「人生ゲーム」で遊んで、ものすごく楽しかった思い出があります。 多分、ほとんどの方が遊んだことがあるのではないでしょうか。 最近、その人生ゲームに、我が家の子供たちがはまっています。 特に、小学校1年の弟の方がはまっていて、毎日といっていいほど、 「人生ゲームしよう!」とせがまれます。 ところがはじめると、ゲームの調子の良いときはいいのですが、自分の思うように 進まないと ・職業決定のマスに止まれずに、フリーターになっちゃった! ・買いたい家が買えなかった! ・せっかく買いたい家を買ったのに、火事で燃えてしまった! ・嵐で持ち物が吹き飛ばされた! ・お宝がゲットできなかった! ・せっかくゲットしたお宝を、他人にとられちゃった!   ・・・ 他にも色々なイベントがテンコ盛りです ・・・ 何か嫌な出来事のマスに止まるたびに、そんな感じに、大泣きします。 寝転がって手足をバタつかせたり、周りの誰かを叩いたりして、大泣きします。 悲しさや悔しさの心からの表現です。 逆に、良い出来事のときは、本当に心の底から喜びます。 喜びを全身で表します。 下の子供が嫌なマスに止まってしまい、大泣きしているときは、「そうかせっかく お宝ゲットできたのに、とられて悲しいね」といった感じに対応していました。 でも、良くないマスに止まる度に暴れられると、こっちもだんだんウンザリしてき て、「ゲームなんだからそんなに真剣にならなくてもいいんだよ」と言っていまし た。 その時、ある禅の本に書いてあった文章を思い出し、その意味が理解できたような 気がしました。 -------------------------------------------------------------------------- 禅の本―無と空の境地に遊ぶ悟りの世界 学習研究社 (1993/04) 73ページ 上段10行目より引用
-------------------------------------------------------------------------- 児玉大将が一日入室にきた。 鄧州は児玉に「軍人の禅とは何か。」即今、3000の兵を使ってみよ。 それができなければ、勝ち目はないぞ」と問うた。 すると、児玉は「目の前に兵がいないのにどうやって使うことができますか」 といった。 鄧州は「簡単ではないか。それができなければ戦はできない」と迫った。 さすがにムッとして「それなら、老師がやってみて下さい」というと、鄧州はいき なり児玉を押し倒し、「さあ、馬になれ」といって、彼の背中にまたがり、南天棒 を振りかざし、大声で「全隊、進め」と尻に一鞭あてた。 児玉は鄧州を乗せたまま前へ進み、「わかりました、今日初めて禅機を見ました」 と、喜んだという。 -------------------------------------------------------------------------- これだけでは、何が言いたいのか分からないと思うので、ヒントを出します。 ■ヒント(1)■  人生ゲームで使うお金と普段の生活で使うお金、どっちが本物のお金? ■ヒント(2)■  人生ゲームって本当にただのゲームなの?だとしたら、それはどうして? ヒントを出しても、ちょっと分かりにくいかもしれませんね。。。(汗) 子供の「人生ゲーム」への取り組みからも分かるように、子供の頃は出合うこと 全てが、彼らにとってはとても大事なことです。 ですから、それら全てに対して、一生懸命に真剣勝負をしています。 「子供の心は純粋だ」ということもできます。 そんな子供が、成長と共に、社会が「価値がある」とするものを「本物」として取 り入れ、社会が「価値がない」とするものを「いらないもの」や「ゲーム」として 切り捨てていきます。「打算的になっていく」とも言えます。 ちなみに、私も子供の頃は「ものすごく楽しい!」と思っていた人生ゲームなので すが、何十年ぶりかにやってみると、懐かしさを感じるものの、あの頃に比べたら 楽しさは雲泥の差です。 (いちいち泣き叫ぶ子供の対応もしなければなりませんしね(苦笑)) さて、ここで問題です。 ■問題■  親、上の子、下の子、この中で一番楽しんでいるのは誰でしょう? 答えは、たぶん下の子だと思います。 だから、あんなに何回も何回もゲームの中で嫌な出来事のコマに止まって大泣きを しても、今日も明日も明後日も、また、「人生ゲームやろう!」と誘ってくるので す。 そんな風に一番楽しんでいる人に対して、「これはゲームなんだから、そんなに真 剣にならなくてもいいんだよ」と言うのは、どうでしょう? ちょっと違う気がしませんか? 何かを感じていただければと思います。 ブログ版 読むカウンセリングより http://www.yomu-counseling.pureheart-counseling.com/child-rearing/569
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