02. 心理学というもの(2)

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心理学の要素

心理学は凡そ次のような要素で構成されていると思います。

  • 実験によって再現性が確認されている機能
  • 統計によって導き出された分類
  • それらをうまくつなぎ合わせることのできるストーリー
  • それらによって連想される心の構造

心理学の歴史の解釈

心理学の歴史を私なりに振り返ってみると、それは、

  • 社会が問題と認識する人を、社会にとって問題の無い状態に変えようとする試み
  • 個々の心理学者が問題と考えていることを解決するための原因探し

の歴史だったのではないかと感じます。

このように考えてみると、そのほとんどはただの仮説に過ぎないと言えるのではないかと思います。

ですから、「心理学というもの(1)」でも述べましたが、それぞれの時代や地域の人が、その原因ではないかと仮定した事象が、今の心理学の中に残像として残っている、それだけのことと言っても良いような感じがするのです。

心に関する病名・症状名について

心に関する病名・症状名の多くは、その本質を表すことはないと感じています。

それは、ある研究者が注目している特徴を寄せ集めて病名や症状名を作り、次に、その統計をとってその属性への分布がある基準を満たしていると統計学的に判断されると、その名詞(病名・症状名)の地位が確立するといった流れであることが多いと思います。

これは、それを問題と考えて社会もそれを受け入れてしまえば、統計をとる以前にそれは病気として扱われる準備が整っていて、統計は、根拠の無いそのような事象に、あたかも科学的根拠があるように印象付ける手法でしか無いということになるおそれがあります。

我々は、統計のもつそのような危うさきちんと認識して置くことが大切だと思うのです。

現在の心理的な症状は、それに関する問題意識ばかりが優先され、その治療法が確立しているものが少ないのは、そのような背景によるのではないかと思うのです。

同じように、病名や症状名以外の心理に関わる状態や事象を表す名詞は、問題性を指摘するものの、その解決につながらないものが非常に多いように感じています。

あたかも、その名詞が問題であり、また、原因でもあるように扱い、研究者や社会が問題だと認識する人を、意図してその名詞で表される分類に封じ込めようとしているのか、解決出来ないことを棚上げして、その名詞自体を悪者にして、解決できない責任から逃れようとしているようにも思えてしまいます。

【お勧めの本】 狂気の偽装

精神科医が、心に関する症状に対して、安易に流行ともいえる病名や症状名を付けて終わらせてしまったり、通り一片の対処をしてしまったりする世の中の風潮を、気持ち良いくらいバッサリと指摘して、正そうとしています。

結構、私の主張とも似ているところがあり、4章の終りまでは、恐れを知らない文章の勢いに、心地良さを感じながら一気に読むことができました。

ただ、5章から書籍のトーンが変わってしまったのが、私には残念だったのですが、人の心をしっかり見つめようとするときは、一度、読んでおくと良いと思います。 【2009.06.14追記】

 

【お勧めの本】 うつの正しい治療 間違った治療

第1章「うつ病とはどのような病気か?」では、海外から仕入れられた『臨床心理』というものが、日本の精神医療の権威者の『誤った理解』が紹介され、それがそのまま広まってしまったがために、現在の日本の精神医療は、人を人扱いしなくなってしまっていると指摘しています。

病名に執着しない医師をようやく見つけたような感じがして、とても興味深く読むことができました。

ただ、第1章の勢いは、第2章の事例紹介以降は、なぜか、狂気の偽装と同じように、弱まってしまうように感じます。

日本の精神医療の背景や現状を理解するために、参考になると思います。 【2009.07.18追記】

 

 

心について

いくら状態や事象を細かく分類して名前をつけても、或いは、その名詞を再び寄せ集めて大きく括り名詞を名前をつけても、或いは、心の構造を細かく想像してみても、底に存在するのは、ただ『人』という存在以外には何もありません。

ですから、もしかしたら、現代社会において受け入れられがちな「人は、体と心から構成されている」といった考え方も、ナンセンスなのかもしれません。

 

医学は自然科学系なので実体があり、対処やその結果を目で見ることが出来ます。
だから、具体的に発達し結果を残せていったので、『心』が取り残され、何となくの流れで、心と体が分離されて理解されるようになったのが、現在の認識なのかもしれません。

細分化せず、人を人としての自然な流れの中で理解しようとすることは、特に、心の部分を理解しようとするときは、大切なことなのかもしれません。

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