ピュアハートカウンセリング流の心理百科事典
気持ちの正しい話し方・聴き方
気持ちの正しい話し方・聴き方 †
気持ちの正しい話し方・聴き方(本文) †
カウンセリングの勉強をしていると、その基本として
- 無条件の肯定的関心
- 共感的理解
というような言葉にしばしば出合うと思います。
カウンセラーを目指すということを考えると、これらのことは受け手(聞き手)、つまり、カウンセラー側の課題だと認識することは、当然、必要になってくるのです。しかし、その感覚が一般的に正しいのかというと、そうではないと思っています。
現在、カウンセリングということに対する認知が世に広まりつつある中で、これらが受け手側の問題であるような雰囲気も広まりつつあのかもしれないと、何となく感じているので、ここでは、その辺のことについて、少し説明しておきたいと思います。
愚痴と相談の違い †
一般的に使っている相談という言葉には、曖昧な部分が含まれていて混乱してしまいがちなので、それを更に愚痴と相談という2つに分けてみたいと思います。
愚痴と相談の違いについて簡単に説明すると次のようになると考えています。
- 相談 自分の気持ちについて話すこと
- 愚痴 自分気持ち以外について話すこと
これを、次のような出来事を例えに、もう少し詳しく考えてみたいと思います。
| Aさんにみんなの前で「あなたは何をやってもうまくできないわね」と言われて辛い気持ちになった |
これを誰かに話すとき、愚痴と相談を意識すると次のような違いになります。
- 相談
Aさんにみんなの前で「あなたは何をやってもうまくできないわね」と言われて、つらかった・・・。
- 愚痴
Aさんは、嫌な人なのよ。みんなの前で「あなたは何をやってもうまくできないわね」なんて言わなくてもいいのに!
話すときに相手に求めていること †
前の例のような経験をして、その出来事を誰かに説明するとき、普通は愚痴か相談かといったことを意識せず、何となく話しているのではないかと思います。
そして、その時、話した相手に求めていることは、
| 自分の話したことに、相手が合意してくれること |
です。詳しい説明は省きますが、このとき何に合意して欲しいかというと、
| 自分の気持ち |
です。気持ちという言葉を使うと、一般的には、それを考えや価値観や主義・主張などと認識してしまいがちのようですが、実際はそんなにややこしいものではありません。
| 自分の感情や感覚という至極単純なところに合意して欲しい |
たったそれだけの、ささやかな願いなのです。
愚痴 †
前の愚痴の例では、言っていることは、簡単に書くと次の3点です。
- 自分の相手に対する評価や価値観
- 出来事に関する客観的な説明
- 自分がつらくならないための解決策
これらは、頭で考えたことなので、人によって捉え方やその解決策は千差万別です。
ですから、このような話し方をしたとき、
- 「私は、いい人だと思うけどな?」とか「〜〜って考えたらどう?」などと価値観や評価の修正を提案される
- 「〜〜のように行動してみたらどう?」と別の解決策を提案される
といったところがオチなのだろうと思います。
仮に、合意的な応答があったとしても、一番話したいことが話せていないため何だか物足りない感覚が残ることがほとんどで、恐らく、次のような状態に陥るのではないかと思います。
- 同じ人に同じ話を何度も話してしまう。
- 沢山の人に次々と同じような話を繰り返してしまう。
まとめると、愚痴には、
- 合意に至る確率が低い
- 求めていたはずの合意が得られても満足感を得にくい
という特徴があるということです。
また、主なデメリットとしては、次のようなものがあると考えています。
- 合意される確率が低いため、「自分の気持ちを誰にもわかってもらえない」と言う感覚に陥り易い。
- 人の悪口を言った場合などは、後味の悪い感じが残る
- 人の不満を言った場合、それが人づてに相手に伝わり、相手の意図的な攻撃を誘発する可能性がある。
- 同じ話を何度も聞かされるため、相手を「もう聞きたくない」という気持ちにさせてしまう恐れがある
- 自分と同じ価値観を要求することになるため、相手に『本当の気持ちで話せないような圧迫感』を生じさせてしまい、相手を自分から遠ざけてしまう恐れがある
このように考えてみると、愚痴では何も得られないと言ってしまっても良いのかもしれません。
相談 †
次に相談について考えてみます。
前の相談の例では、言っていることは、簡単に書くと次の2点です。
- 出来事に関する客観的な説明
- 自分の気持ち
ここで重要なことは、自分の気持ちを話すということです。
自分の気持ちは、主観的なものですから、自分以外の人は、それを実感として体験する事はできません。ですから、それを話された相手は、心理的にニュートラルな人であれば、それに合意するしか道はありません。
例えば、何か悲しいことがあって誰かに「私は悲しい」と話したとき、「いや、あなたは悲しくない」という言葉は、まず、返ってきません。ほとんどの場合「そうか、悲しいんだね」といった類の言葉が返ってくるだろうと思います。*1
つまり、感情の形容詞を話した時点で、ほぼ、合意が得られることは保証されるのです。そして、相手から実際に合意の言葉が返ってくると、心の中に渦巻いていた感情が放出され、次第に安定した心境へと変化していきます。
他人に「自分の気持ちを変化させた何か」について話す目的は、この状態に自分の気持ちを変化させることにあるのです。*2
心の中の感情の大部分を放出したら、もう、そのことについて話す必要性は感じなくなっていることに気付くと思います。
悩みを抱える人 の分類とカウンセラーの役割 †
何かつらいことや悲しいこと、苦しいことなどがあっても、身近な誰かに前に説明した相談ができる人は、そこで自分の気持ちをスッキリさせることができるので、恐らくカウンセリングに来る事はありません。ですから、悩みを抱える込みカウンセリングを必要とする人のほとんどは、次のいずれかに分類されるのではないかと思います。
- 過去の何らかの事情によって、自分の感情を表現できなくなってしまっている人
- 現在の事情によって、自分の感情を表現できなくなってしまっている人
後者の場合は、現在の状況だけ問題なのですから、感情を話しても良い状況さえ作ってあげれば、感情は自ずと表現され、カウンセラーがそれを受容するというということで、気持ちの安定につながっていくと思います。
前者は、受容すべきものが表明されない状態になっているので、感情を表現できるように導くことがカウンセラーの第一の仕事になるだろうと思います。また、表現されたかすかな感情を見逃さずに受容するということが重要だと思います。
このようなことがカウンセリングの基本として
- 無条件の肯定的関心
- 共感的理解
と表現されているだけなのです。ですから、カウンセリングという世界を離れた時、受容や共感を聴き手だけの課題と認識しないようにして下さい。そうしないと、本当は自分自身の力だけで相手に受容してもらえるようになれるのに、その道を閉ざしてしまう事になってしまいます。
まとめ †
| 自分の気持ちを受容されるかどうかは、聴き手の問題ではなく、話し方の問題です。 感情を表現する形容詞から話し始めた時点で、それに続く話は、ほぼ、99%相手に受容されます。 |
そういうことです。
まず、第一声は感情の言葉を話してみて下さい。ずっと、感情を表す形容詞だけを話しても良いくらいかもしれません。
「悲しいよ・・・、つらいよ・・・・、悲しいよ・・・、つらいよ・・・・、」
そうしていると、たぶん、話された方は「どうしてそう感じるの?」ということが気になって、事情を知りたい気持ちになります。
そのタイミングで事情を説明するのです。すると、その事情がどんなに長い説明になったとしても、話した相手からは、「だから、そんな気持ちになるんだね」といった言葉がきっと返ってくるのだろうと思います。そして、話した人の気持ちは楽になるはずです。
話を聞かされる側に立ってみても、感情を隠されたまま延々に事実や評価を話し続けられるのはかなり苦痛だと思いますが、はじめに感情を表現してもらえていれば、事情を聞きたい気持ちになっていますし、その先の話は「だから〜《感情》〜なんだね」と都度納得しながら聞けるため、そんなに心は疲労せずに済むのです。
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関連書籍 †
関連項目 †
『心のコンピュータ処理的な理解 』内の関連ページ †
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ナビゲーション
*1 人によっては、「〜〜だから、そうなんだよ」と状況を理解させるための説明をしたり、「〜〜と考えるしかないよ」というように考え方を変えることによって事態を許容する事を提案してくるかもしれません。そんな応答が返ってくると、自分の気持ちが否定され「この人には自分の気持ちは分からない」と感じてしまう場合があるかもしれません。しかし、それは、自分のことを否定するための言葉ではなく、何とか助けてあげたいと思う気持ちからの言葉であると信じても良いと思います。恐らく、そのような応答をする人は、身近な人に感情を受けとめてもらって安心するような経験が少ない為に、感情を受けとめてもらうこと以外で困難を乗り越えざるを得なかった背景があるので、感情以外のところに意識が向きがちになっているだけなのだろうと推測されます。
*2 悲しみや苦しみといったネガティブな感情だけでなく、喜びなどのポジティブな感情についても同様です。

