ピュアハートカウンセリング流の心理百科事典
心を苦しめる最も重大な暗示
心を苦しめる最も重大な暗示 †
心を苦しめる最も重大な暗示 (本文) †
苦しみの原因 †
まず始めに、心の苦しみの原因についての答えを書いてしまいます。
『泣いても何も解決しない』ということを真実として信じ込んでしまったこと |
たったそれだけのことなのです。
そんな簡単なことなのですが、それはあまりにも簡単で些細な事のように思えるために、『心の苦しみの原因』と考えるには相応しくないような感じがしてしまう人は多いかもしれません。
今まであれこれ考えても解決できなかった事を、「そんなことで解決できるはずがない」と感じてしまっても無理は無いような気がします。
しかし、心の苦しみの深淵へ向かう軌道を、その出口へと修正するために、この事実を知っておいて下さい。
これから私が書く文章によって、そのことを確信して頂ければと願っています。
なぜ、それを信じてしまったのか? †
この言葉は、なぜか、今の社会では、当たり前のことのように受け入れられているような感じがしています。
なぜ、それを信じてしまったのでしょうか?
それには、次の2点が関係しているような気がします。
- 間違った泣き方
- 「具体的な問題の解決」と「心の解決」の混同
間違った泣き方 †
『泣いても何も解決しない』と信じている人に、「心が苦しい時、もし泣くとしたら、どのように泣く?」といった質問をしてみると、殆どの人は一人っきりで泣くというイメージを持たれていることが分かります。そのイメージは、恐らく過去の経験から来ていると思うのですが、実は、一人っきりで泣いては、つらさが倍増してしまうのです。
このような経験をしているとしたら、「泣くよりも、泣かない方がマシ」と決意してしまうのも仕方ないような気がします。
あまり強調したくは無いのですが、これは、自分の責任というよりは、自分を取り巻く事情によって、そう決断せざるを得なかったというところがあります。*1
参考:正しい泣き方
「具体的な問題の解決」と「心の解決」の混同 †
確かに、目の前にある具体的な問題は、実際に何らかの働きかけをしなければ何も変わりません。しかし、具体的な問題の解決とは違うところに、心の解決はあります。
そんな安心して泣ける環境が整わない時、『まず、心を安心にする』ということができないので、目の前の問題に取り組むしかなくなるのです。そんな時、仕方なく口からでる言葉が、「泣いていても何も変わらない」だったのではないかと想像しています。
本当の心の解決とは †
誰かに見守られながら、とことん泣くことができれば、嫌な気持ちは安心な気持ちで置き換わっていくのです。
例えば、小さい子供が、何か嫌なことがあったときに、母親のところに駆け寄って行き、母親はそんな子供を抱き上げあやし、母親にあやされながら泣きじゃくっていた子供は、いつしか泣きつかれて眠ってしまう、そんな光景はイメージできると思います。
たぶん、母親が「あなたはいつもメソメソ泣いてうるさいわね!」などと言って、子供を抱き上げずにいたら、きっと、子供はなかなか泣きやまないと思います。ようやく泣き止んだとしても、決して安心な気持ちにはならないだろうということは想像できると思います。ですから、この『子供が泣き疲れて眠る』という理解より、『嫌な気持ちが安心な気持ちに置き換わったから眠ることができた』という理解の方が正しいのではないかと思います。*2
このように、この『安心な気持ちに置き換わること』こそが心の解決なのだろうと思うのです。
誰かに見守られながら、とことん泣くことができれば、心に映る世界は変わります。「泣いていても何も変わらない」という洗脳から解放されるだけで、今まで解決できなかった心の苦しみは、その都度解決できるものに変わるのです。
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関連書籍 †
関連項目 †
『心のコンピュータ処理的な理解 』内の関連ページ †
『心理用語のもう一つの説明』内の関連ページ †
ピュアハートカウンセリング内の関連ページ †
メルマガ「読むカウンセリング」(No.0011) 「あの頃の自分」に戻りたい
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*1 このことは、あとで説明します。
*2 少し私の経験則をお話しすると、現在、私は今年3歳と5歳になる男児の子育てに奮闘中です。直ぐに泣きやむことを期待するとイライラしてしまうので、抱き上げて1時間くらいあやす覚悟で「そうだねそうだね」とだけ言いながら関わっていると、15〜30分もすれば大抵機嫌良く泣き止んでくれています。

