01. カウンセラーの座禅体験記(その1)

八王子にあるお寺の座禅会に参加しました。(2003年2月9日) 禅と聞いて、頭に浮かんでくる言葉は「悟り」なのですが、その寺の老師は次のように話していました。

老師の話

座禅の目的は、「本来の自己」を自分のものにすること。普通、我々が「自己」と思っているものは、「考えた自己」であって「本来の自己」ではない。 「考えること」を別の言葉で表現すると、色々な事柄それぞれに意味付けをし、意味の中で捉えようとしているということ。 意味にとらわれているから人は苦悩を感じ、逆に意味から離れると楽になれる。 禅では、「あらゆる理解は誤解である」と言う。 なぜなら、理解(考え)とは言葉、すなわち意味によってなされるものだから。 頭の中で考えていても「本来の自己」はわからない。 だから、意味の世界から抜け出るために、座禅をするのである。 意味の世界から抜け出せたとき、それを「悟った」と言うようである。

独参

私は、老師に問いました
私 : 悟りに段階というものはあるのか?
老師 : 悟っているか、悟ってないかの違いしかない。
私 : 悟りとは「無」のことか?
老師 : 柱に頭をぶつけて血を流したことを「無」と言えるだろうか。
私の「禅の探求」はしばらく続きそうです。
このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサード リンク

関連コンテンツ