「イジメがあったか、無かったか?」よりも重要なこと

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半年ほど前だったでしょうか、夕方のテレビの報道ワイドショーで、生徒が試験中に校舎から飛び降りたことが報道されていました。

その時、学校の関係者のインタビューが流れたのですが、その言葉に少し違和感を感じました。

テレビ局の編集のせいかもしれないのですが、誰から聞かれたわけでもないのに、一番初めに口から出のが「イジメがあったという事実は確認できておりません」といった言葉だったと記憶しています。

つまり、「いじめは無かった」ということを主張したのです。

いじめが社会問題化されてしまっているので、学校関係者がこのような反応をしてしまうのは、仕方ないところもありますが、いじめがあったか無かったかということよりも、もっと重要なことがあると考えています。

以降は、一般論として話を続けます。

もっと重要なこととは、『心に苦しみを抱えている人を、そのままに放置してしまっている事実があったかどうか』ということです。

特に、長期間に渡って心に苦しみを抱えてしまっているときは、その人を、

  • 暗いやつ
  • 変な奴
  • 変わったやつ
  • とっつきにくいやつ
  • おとなしいやつ
  • 面白くないやつ
  • いつも一人でいるやつ
  • 友達の居ないやつ

など「自分たちとは異なる人」といったニュアンスをもつ修飾語を用いて、そのような雰囲気を持つ人を区別し、その人に近寄らなくなってしまいがちです。

その結果、そんな子供は、苦しさの中に孤独なまま放置されてしまうのです。

それは、その子と関わる同級生などの子供たちだけの問題ではありません。

先生たち、両親をも含む、その子供に関わる全ての人、そして社会に対しても言えることだと考えています。

いじめとか、成績が悪いとか、嫌な出来事があったとかいったことではなく、『孤独』が人を死に追い詰めてしまうのです。

いじめの発生状況を調査したり統計を取ったりしているようですが、そうではなく、孤独の発生状況を調査すると何かが見えてくるだろうと思います。

(そんな調査をする前に、子供たちを孤独な状況しないようにする方が労力が少なくて済むような気がしますが…。)

ニュースなどで同様の事件に触れるときは、

「その子供は孤独な状況に陥っていたのではないだろうか?」(それは物理的な状況のこともありますし、心理的な状況のこともあります。 )

そんな視点で見てみて欲しいと思います。

そして、これは大人に対しても言えることなのです。 

「彼は(彼女は)、孤独な状況に陥っていたのではないだろうか?」

『孤独』が人を死に追い詰めてしまいます。

だからもう、「変なやつ」とか「暗いやつ」とか思わないであげて下さい。

苦しみを抱えている人の心と触れ合うのは難しいところがあるかもしれませんが、少なくとも暖かい気持ちで見守っていてあげることは出来ると思うのです。

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